セミの声に負けないくらい、元気にお家を回っています。
メディ在宅クリニック院長 髙橋 保正です。
暑いあつい夏がやってきました。
患者さまのお部屋の温度、飲み込みやすい水分のとり方。
夏の在宅医療は、細やかなお手当の連続です。
でも、ご安心くださいませ。
「患者さまに夏休みはない」と常日頃私たちは考えておりますので、メディ在宅クリニックにも夏休みはございません。
今年の夏も、24時間、準備万端でスタンバイしています。
さて、今月から新しいコーナーが始まります。
その名も「お家のものがたり」。
私たちが在宅緩和ケアで出会った、患者さまとご家族さまの物語を、毎月一つずつお届けします。
お家には、病院にはない物語があります。
畳の匂い。台所の音。ご家族の笑い声。
その真ん中で、患者さまの「いつも通り」を守ること。
それが、私たちの在宅医療です。
第1話は、あるご夫婦とお味噌汁のお話です。
どうぞ、ごゆっくりお読みくださいませ。
初めてそのお家を訪ねたのは、木枯らしの吹く午後でした。
玄関で出迎えてくださったのは、80代の奥さま、ハルさん。
「先生、うちの人、もう病院はいいって言うんです。わがままで、すみません」
いえいえ。わがままではありません。
「お家に帰りたい」は、患者さまのいちばん自然な願いなのです。
奥の和室には、大腸がんの終末期と診断された旦那さま、シゲルさんが休んでおられました。
「家がいちばんだよ。畳の匂いがする」
それが、シゲルさんの第一声でした。
このお家では、いつ伺っても、台所からお味噌汁の匂いがしました。
ハルさんが毎朝、具を変えて作ります。
大根、豆腐、しじみ。
結婚して60年、ほとんど欠かしたことがないそうです。
シゲルさんは、もうほとんど食べられません。
それでも湯気をお顔に寄せて、ひと口すすって「うまい」とおっしゃる。
「食べてないのに、うまいはないでしょう」
ハルさんが笑います。
「匂いで食べてるんだよ。60年分の味を、鼻が覚えとる」
夜の痛みには、医療用麻薬を丁寧に丁寧に調整しました。
「わしをヤク中にする気か」と怒られましたが、いえいえ。
痛みの分だけ効かせて、頭はそのまま。それが私たちのお手当です。
お薬が合うと、シゲルさんは夜眠れるようになり、こたつでお相撲を見る毎日が戻ってきました。
ある日の診察で、シゲルさんがぽつりとおっしゃいました。
「わしが死んだあと、あいつが一人で味噌汁を作るのかと思うとな。二人分作る癖が、抜けんだろう」
ご自分の痛みよりも、残される奥さまの朝の台所を心配しておられたのです。
春先、旅立ちの朝が来ました。
お電話をいただき、駆けつけた私がご臨終を確認したとき、お部屋にはお線香より先に、お出汁の匂いがしました。
ハルさんが、いつも通りに、朝のお味噌汁を作っておられたのです。
「先生、この人、最後まで家にいられました。ありがとうございました」
泣き顔ではありませんでした。
やりきった方の、いいお顔でした。
四十九日が過ぎた頃、ハルさんから葉書が届きました。
「一人分の味噌汁は、まだうまく作れません。多めに作って、仏壇に供えてから飲んでいます。主人は今も匂いで食べていると思います」
在宅医療のお仕事は、お看取りで終わりません。
その後のお家の暮らしを、少し離れた場所から見守ること。
それが大事。
患者さまとご家族さまの「いつも通り」を、最後の1日まで守ること。
「不可能を可能にする在宅医療」
私たちメディ在宅クリニックの合言葉です。
ご相談ありがとうございます。
大丈夫です。ご安心くださいませ。
老老介護のお家も、お一人で介護されるお家も、私たちには想定内です。
退院直後は毎日ご訪問し、当院看護師と力を合わせて、お薬の管理も、痛みのお手当も、私たちが責任を持って行ないます。
ご家族さまに、医療の知識は要りません。
必要なことは、訪問のたびに少しずつ少しずつお伝えいたします。
あるお家では、80代の奥さまが老眼鏡をかけて、手順をメモ帳に書き取っておられました。
表紙には「主人の取扱説明書」。
数週間後には、どんな看護師さんにも負けない、旦那さま専門の介護のプロになっておられましたよ。
夜中の急変も、ご心配なく。
24時間365日、お電話一本で私たちがお家に飛んでいきますからね。
救急車は呼ばないでくださいね。
がんの患者さまは、お時間が限られています。
「退院できるかどうか」と検討を重ねる時間も惜しいのです。
「今から退院にしまーす」という、そんなお気軽なお電話、お待ちしております。
いつも準備万端でスタンバイしておりますので、大切な患者さまを安心してお任せくださいませ。
いつも大切な患者さまをご紹介いただき、ありがとうございます。